2010年04月03日
親切は罪になることが・・・・

障害をもたれている方の親御さんに
話をして欲しいと頼まれた。
「障害者といっても、結婚もされているし
その子供さんも、結婚され、ご主人も
障害はあっても一家を支えておられる」
なのに、お母さんが重い病気で入退院をされているのに
障害をもたれている人には伝えられていないそうです。
「何も出来なくても、教えて欲しい」と泣いておられるとか。
ご両親は心配をかけまいと話されないのだろう。
でも、それはちがう、ちがうのだ。
障害があっても、人の力になりたいのだ。
自分も役に立ちたいのだ。
思いやりのつもりが疎外になって、障害の人を苦しめている。
私も去年あることで、同じ苦しみを味わった。
「あんたは大変やから」と親切なようだけれど、とても苦しかった。

丸山公園の桜(暗くなりかけ)
説明しても分からないので、もう話さずにいるけれど
ひょんなことで、私の経験が役にたちそうだ。
経験を話すことでそのご両親と娘さんが、
心から家族になられれば、と祈るばかりです。
お母さんに残された時間が短いので私の心も急ぎます。


丸山公園(淡い夕焼けと桜)
タイトル変えられたのですね~*^^*
はっちゃんさんらしい感じですぅ。
”心から家族” になれるように、力を貸してあげて下さい m( )m。
知らされない事は、後々辛さを引きずる事のなります。。。
私では今の所なんとも・・・
所で写真のタイトルを
もう少し大きくしてください
ほんとうに知らされない事は、辛いです。
私もずっと引きずったままですから・・・・
身近な者にそうされることほど、悲しいです。
いたわられても、なんかちがうんですよね。
でも今回は、キリスト的には、
「神様が私を用いられた」ということでしょう。
でも、まだ行けてないんです。
桜の写真、暗いでしょう?
だから、字も小さくしたんです。
主人がデイサービスから帰って歯科へ行ったものですから
時間が遅くて暗くなって、・・・
また、明るい桜をお届けしますね。
障害があるので出来ないことを理解してほしい。。。という気持ちと
障害があっても何か、誰かの役に立ちたい!という思いは
きっと外からみればどこか矛盾しているんでしょうね。
何も言ってもらえない、知らされない、というのは、なにより寂しいことです。
お互いのことを理解したら、側にいるだけでも、電話で話をするだけでも
親子ならそれで十分だと思うのですが。。。
ほんとうに難しい問題です。
経験した者でないと解らないきもちです。
障害はあっても、家族として寄り添いたいと思っても、
「あんたは人の世話になってるんやから」と
態度に出されると、それは事実やから・・・・・
まして意見など言おうものなら、
「ごちゃごちゃいうな!」と言われたりして・・・・
そういうことも、我慢できないと一人前とはならないのでしょうかね?悲しみを勉強することも、今回のように無駄ではないのですが。